2006年04月16日、ワーホリでシドニーイン!!そこからの俺のオーストラリアでの約1年間を書き込んでいく!!! ダンスもしてるから、現地で出会ったダンサーとの交流も! 後悔しない1年を突っ走ろう!!


プロフィール

HIROKI HORI

Author:HIROKI HORI
1983年6月17日 B型
新潟県燕市で生まれ、上越、黒川と引越し、小学校6年から高校まで燕市で育つ。
大学は東京の八王子へ。専攻は初等教育。

大学を卒業し、前から興味のあった、海外へ行くことに。目標は英語と、経験、新たなことへの挑戦。さらに、自分の将来のことをもっと考えたいと思い、渡濠を決意。



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バイロンベイ ~BYRON BAY~!!
19日バイロンベイ到着。

バッパーは有名なアーツへ。
今の時期アコモがバカ高く、少し前まで、テントで$30/night・・・。
高すぎ。俺が着いたときでも、$20。
とりあえずチェックインして、テントを買いに待ちへ。
テントは3人用を$25で購入。

初めてのテント。本当に快適だ。なんてたってオウンルーム。ドミトリーよりいいかな。

街は海沿いの街って感じでいい感じ。
それにしてもドレッドのひと多すぎ。やっぱり街が街だけにそうなっていくんでしょうか?
自然あり、みんなフレンドリー、アジアンな店、アーティスト・・・。
ビーチ


先週の日曜はアーツで知り合った日本人の人とニンビンにも行った。
この街は行った人ならわかる、この街のすごさ。
とりあえず1回は行ってみたほうがいい。

バイロンから少しだけ離れたところ↓本当きれい。
景色1

景色2

そしてニンビン
ニンビン


その後、アーツでライブをしていた日本人のディジュ、ジャンベ集団、ジャポリジニ達とであった。
この人たちとであったのは、俺のバイロン生活でとても大きい。

カナナラの知り合い、G君も合流し、夜の林へと出かけた。

そこは、街からかなり歩いたところにある、林のなかの施設。
小屋が立ててあり、中にはソファ、テーブルがあるようなところ。
もちろん誰もいない。電気はなし。

その中で、みんなで楽器を持ち寄り、真っ暗のなかでキャンドルを立て音を奏でた。

俺はこの夜のことを忘れない。

それは、子供が、夏休みの夜にみんなでこっそりと集まって、一晩とまるような感じに似ていた。
そこで行われたことは、もっと深く、ある意味暗く、ある意味ものすごく前向きな。。。
本当にいい経験になった。いい経験ができた。
ありがとう。


その後はみんなで車でニンビン行ったり、その途中で車のトラブルがあたり。

そして昨日はオーストラリアでは初めてバスキングをした。
ジャンベ一人にディジュ3人。
俺はまだまだあわせとかは全然できないし、リズムもはずす。
でも、みんなで音を合わせる楽しさは十分に味わえた。
いままでで一番楽しく吹けてたな。
みんなのテンションが上がってくるときは本当に興奮する。
通る人からもいいバイブスをもらい行った。

もっと練習して気持ちよく、それぞれの音、役割も理解しながら合わせてみたい。

なんかこういうの最高だな。


そして最近はフリアコを始めた。
バッパーで働く代わりに宿代がタダになるというもの。
仕事も楽。
最近楽しさが増してきたバイロン。もう少しステイしよう。
ほんとフリアコ助かる・・。


雲

みんなでみた夕日。
夕日


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シドニーを発つ
シドニーもそろそろ最後。

発つ前、友達とブルーマウンテンへ行ってきた。

それも、普通に行くのではない。シティ出発したのが夜の8時。。。
この少し前に、バスに携帯を置き忘れると言うトラブルがあった。
何度も、バス会社に電話して、ようやく保管場所がわかり、盗まれていないだけでも本当に安心した。

本来なら、もう3、4時間早く行く予定だったのだが、連絡が来ないなどで、ここまで遅れた。いいなぁ、このゆるさ。

ブルーマウンテンのあるカトゥーンバに着いたのが夜の10時。

もうこんな時間に観光に来ている人たちなんていません。
(大体4時くらいになると、みんな帰り始めるところだし)
まだ奇跡的にやっていたドミノピザをみんなで買い、少しおなかをみたす。

誰もいない道路の真ん中を、みんなで通るのは最高に気持ちいい。

真っ暗なスリーシスターズに到着。
もうそこは、真っ暗とかじゃない。そこは「闇」だった。
本当に闇に吸い込まれそうになるくらいその先が暗く、どこまでも続いているようだった。
目も慣れてきて、少し見えるようになると、森が少し見えた。

星は残念ながらあまり見えなかった。

しかし、みんなで持ち寄った、ディジュ、ポイ、笛であそんだ。

光るポイ、ディジュはきもちがいい。
友達は、この真っ暗な、静かななかで、ポイに点火。
その音と、二つの火の玉とチェーンが繰り出す流線型の炎はなんともいえずうっとりする。
この静けさ、暗さが一層引き立ててくれている。
ポイ


そのごみんなで寝袋を広げスリーシスターズのあの展望台のところで野宿。

しかし、俺は甘く見ていた。夜の山の寒さを。
俺の春~の寝袋ではマジ寒い。。。

寒くて起き、目を開けると・・・・・そこには雲ひとつ無い満天の星空が!!!最初起きたときは何がどうなってるのか分からなかった。
この、光の瞬きがたくさんあるこれはなんだ?ってかんじで、理解できなかった。
急いで友達を起こすと、みんな「わっ、何だこれ!?」
ってなっていた。

ミルキーウェイはもちろん、こんなにも星があるのかと思うほどあった。


朝日が昇るのをみて、帰宅。
最高の夜だったな。太陽が出てしまえば、あの寒さは何処かへ。。。
みるみる暖かくなってくる。太陽ってすげー。
日の出



友達の家についたら、プール、サウナでリラックス。
こんなシドニーも最高だな。


数日後・・・。
1月18日、夜9時20分
グレハンでバイロンベイへ向け出発。
見送りに着てくれたみんなありがとう!
みんなのおかげで助かったこともあったし、楽しい思い出たくさんできた。THANX!

グレハンに乗ると気づく。今までとはちがう。
今までは、街を出発すると、10分くらいで、そこはもうアウトバック。周りには何もなく、赤土とユーカリの木。緑は少なく、赤や茶色が目立つ。
しかし今回は、1時間のっても携帯通じる。
周りは、お店、人。
ようやく街を抜けても、緑の景色が広がるし、まだ民家もたくさんある。
やっぱりシドニーはでかいんだ。

そして、ノーザン、ウエスタンとはちがう、東海岸。
季節も違うから余計違って見えるんだろう。
まず、緑がおおい。
そして、街をすぎたかな、と思うとまたすぐ街がある。

そんな違いを感じながら、12時間。

バイロンベイに到着。


また戻ってくる日まで、BYE SYDNEY。

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新年、ビーチ、初仕事
最近はよくビーチに行く。
今年のシドニーの夏はShitらしく、雨が多いし、気温も低い日が多い。でも、ようやく最近は晴れの日が続き、ビーチ日和!

それでも水はまだ冷たいが、暇な時間があれば友達と
「ビーチいくか?」って感じになる。
毎回誰かしらが迎えに来てくれる。

ビーチも近いし、青い海、青い空、きれいな砂浜、そんなところが家のすぐ近くにあるし、よく行く友達の実家からは海が見える。そんな日常は日本ではなかったことだし、毎日が楽園のよう。リゾート気分。

今ステイさしてもらってるオージーの友達に言われたことがある。


「オーストラリアに来る前に、オージーの家でこんな風に生活するって思ってた?」

もちろん考えてはなかった。ホームステイや、シェアハウスで一緒に住むなら分かるけど、今は、オージーの同年代のやつらが普通に遊ぶようにそこで俺も遊んでいる。

一緒に車でどっか行ったり、ビーチでくつろいだり。それが普通になっていて気づかなかったけど、言われてみればそうだ。日本にいたらなかなかないだろう。

俺の友達も、自分が日本に独りで来て、日本人の家にステイして、遊んで・・・って想像したのかもしれない。

ビーチでは、サーフィンしている人もいれば、うちらみたいに、日光浴やボディサーフィンしている人などなど。
ボディーサーフィンは道具を一切使わず、波が来たら体だけで波に乗る、って言うもの。
こっちでは結構ポピュラーで、ボディーサーフィンの大会まであるくらい。
乗ったときは体で波を感じれるから結構面白い。

最近はホームタウンのような感じさえするマンリーから少し離れた、フレッシュウォータービーチやカールカールによく行っている。
マンリーも最高だけど、上の2つは観光の人はほぼゼロだし、回りにお店がまったくないから静かでいい感じ。カールカールの方は波も高くてサーフィンはもちろん、遊ぶのにも面白い。

毎日が、特にビーチに行く日は日常から離れたリゾート気分の日々で、(といっても、リゾート地に行って、バカンスを過ごすリゾートとは違った意味の)それが今は本当に好きだ。

これもみんな友達のおかげだ。Thanks みんな!!
beach.jpg



<仕事>
1週間前、シドニーで初めて仕事をした。
朝、ダンス仲間のディーンからの電話で起きる。
「今から仕事あるけど来る?」
かなりの眠気で、悩んだが、時給がかなりいいし、シドニーで働いてみたかったのでいくことに。

15分後にディーンが迎えに来て、仕事場へ。そこはまだ建設途中のオフィス。仕事は、そこの壁にワタを詰めて、壁のシートをくっつけていくというもの。
ここはディーンのお父さんの会社らしく、通常の仕事ではないらしく、その分時給もいいらしい。

肝心の仕事は、本当に楽。ファームで46度の炎天下の中、汗だくで働いていて、この時給の半分以下だったことを思えば天国のようだ。
しかもボスがいないから、ディーンと二人でのんびり。昼休憩も1時間あるし、ディーンが昼飯代はだしてくれた。
ディーンは本当に俺によくしてくれていて、かなりお世話になっている。
彼は、日本にいつか来るだろうから、そのときは俺が、色々しあげよう。
shigoto.jpg



この日は「ボンドがなくなったから終わり」ってことで早めに終了。翌日と翌々日もこの仕事をした。
最後には、今までディーンがやっていた仕事も、俺一人でできるようになり、壁を俺一人で作った。このオフィスができたとき、俺が参加してつくったことを知ってるのは、ディーンくらいだろう。でも、海外で、こんなでかい建物の一部であれ、俺が手伝い創ったものが生きていくのは少しいい感じだ。

そう思うと、他の建物、たとえばオペラハウスやハーバーブリッジの建築者は有名だが、実際につくったのは違う人だ。その人たちは、その建造物を見たとき、
「俺も参加して創ったんだ」という気持ちが浮かんでくるのだろうか。

さらに、昔、ピラミッドやその他の巨大建造物も、○○王の墓、として、その王は有名だが、創った人たちは有名どころかおそらく奴隷的なものだろう。その人々も、あの神秘的なものを見るたびに思うのだろうか。それとも、上からの重圧で育ってきた人々は、その命令がすべてであって、そういったことは感じないのだろうか。

設計者や、その主足るものだけが有名になっているが、そのものを支えているのは、そこの現場で働いた人々であろう。仕事の大小はあれ、その人々と俺は、わずかであれ同じ部類になっていた時だった。


P1010423.jpg





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Happy New Year!!!!
遅れたけど、明けましておめでとう!!!
今年の年越しは初の海外年越し。

そして、今年の年越しはシドニーの花火を見に行った。

花火が始まる6時間くらい前に行ったんだけど、そこにはもう大量の人、人、人・・。

見る場所はオペラハウス近くの公園。時間もたっぷりあったから、芝生の上で一休み。
雰囲気は日本の花火大会みたいな感じかな。シートで場所とって、屋台(ホットドックとかピザとか食べ物だけ)とかがあったり。でも、見えてる風景は日本とはまったく違う。

年越しの花火は、メインのハーバーブリッジのところはもちろん、シティのビルの屋上からも上がってた。花火の量でいったら日本の花火大会の方が断然多いけど、それとこの花火はなんか別だった。

帰り道でもみんな酔っ払い・・・。喧嘩があったり、みんな騒ぎまくってたな。




2006年を振り返ってみると、この年は、俺にとってものすごくでかい影響を与えた年だった。やっぱり1番はここに来たこと。

ここにきたことにまったく後悔はしていない。確実に俺にとっていい影響を与えている。
もらっている。

一番大きい事は 『 人 』

いろんな人に出会えて、話し、今までの自分では考えないような考えも知れるし、お互いに影響しあっていっているのが分かる。
それを今後の人生に生かせるかどうかは自分次第だが、俺は無駄にはしない。
かならずどこかでみんながくれたものは俺のなかで生きている。
ありがとうみんな。



2007年
この年はどんな年になるのか?不安な気持ちがないわけではない。
今までとは違う年になるだろう。

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